公正証書で交わした賃貸借契約を私製の契約書で更新することの可否
私はテナントビルを所有しており、賃借人との賃貸借契約は公正証書で締結しています。公正証書には、賃借人が賃料等を滞納した場合には、強制執行を受けても異議がない旨のいわゆる強制執行認諾文言が定められています。
この度、賃貸期間が満了するテナントと更新合意をすることになり、公正証書ではなく通常の私製の契約書で行う予定です。ただ、私製の契約書で更新契約を締結した後に、賃料等の滞納が生じた場合、最初に契約した公正証書の強制執行認諾文言により強制執行できるか心配です。
私製の契約書で更新合意をしてもよいでしょうか?
- 結論として、これから締結しようとする更新合意も公正証書で締結し、その公正証書に強制執行認諾文言を定めた方がよいと考えます。
- 通常の私製の契約書ではなく、公正証書で契約を締結する場合、強制執行認諾文言を定めておくと、その公正証書は、金銭の支払いを求める請求権につき、債務名義として確定判決と同様の効果が認められます。すなわち、未払いがあれば訴訟を提起して判決を得ることなく、直ちに強制執行することができます。
- 本件では、更新合意をした場合に、更新後の契約についても、最初の公正証書における強制執行認諾文言による執行力が及ぶか(更新後の未払の金銭債務について最初の公正証書により強制執行できるか)が問題となります。
- 更新は、原則として、期間の定めを除いて更新前と同じ条件の内容の契約が存続するため、更新後の契約に対しても、最初の公正証書における執行認諾文言による執行力が及ぶようにも思えます。
- しかし、裁判例の主な傾向としては、特に明記のない限り、公正証書における執行認諾文言による執行力は、更新前の契約にのみ及び、更新後の契約に対しては及ばないと判断されています(神戸地裁昭和31年7月31日判決、東京地裁平成8年1月31日判決等)。
その理由は、①更新前の契約と、更新後の契約は一応別個の契約であること、②更新前の契約に対する執行を認諾する文言があったとしても、当事者の合理的意思として更新後の契約に対してまで執行を認諾する意思があったとは直ちに認定できないこと等にあるとされています。 - 公証の実務では、「強制執行の認諾、その他本契約上の条項は、全て更新後の賃貸借契約より生じる債権債務について適用することを約した。」と更新後も強制執行できる旨の条項が盛り込まれていれば、更新後の家賃の不払いについて最初の公正証書で強制執行ができるとされています。
ただ、このような条項を盛り込んだとしても、例えば3年契約で2回更新し、その更新後である7年目以降の賃料不払いについてこの公正証書で強制執行できるかは疑問に思われます。 - そのため、本件では、仮に上記のような条項が盛り込まれていたとしても、更新合意を締結するに当たっては、改めて公正証書を作成し、その中に強制執行認諾文言を定めた方がよいと考えます。