遺留分侵害額の計算方法の改正
- 相続法の改正により、遺留分侵害額の計算方法が変わり、相続開始前10年より前に行われた生前贈与は、遺留分算定の基礎となる遺産総額に加えなくなった(持ち戻さなくてよくなった)と聞きましたが、具体的にどのように変わったのでしょうか?
- 改正民法1043条は、遺留分侵害額を計算する際の遺留分算定の基礎となる遺産の総額は、「被相続人が相続開始の時において有した財産の価額」に「その贈与した財産の価額を加えた額」から「債務の全額を控除した額」とすることを定めています。
- そして、改正民法1044条1項は、被相続人が贈与した財産の価額については、相続人以外の者に対する贈与については、原則として相続開始前1年間に行われたものだけを加えることとし、同条3項は、相続人に対する贈与については、原則として相続開始前10年間に行われたものだけを加えることと定めています。
- 改正前の民法1030条は、相続開始の近い時期に、贈与を行って財産を遺産から流出させることにより、遺留分制度の潜脱を図ることを防止するために、相続開始までの1年間に行われた贈与は、遺留分算定の基礎となる財産に加える(持ち戻す)ことを定めていましたが、判例・実務では、相続人に対する贈与の場合は、改正前の民法1030条は適用されず、贈与の時期に関係なく、10年以上前のものについても、遺留分算定の基礎となる財産に加算して、遺留分侵害額を計算することとされていました(最判平成10年3月24日民集52巻2号433頁)。
しかし、この最高裁判例の考え方については、相続人に対する贈与であっても、あまり昔の贈与まで持ち戻して遺留分を計算するとなると、相続開始時に遺産が債務超過であっても、昔の贈与を加えることで、計算上資産超過になり、遺留分が認められてしまい妥当でない等の批判がありました。 - そこで、今回の民法改正により、相続人に対する贈与についても、相続開始前10年間に行われたものだけを遺留分算定の基礎となる財産に加えることが定められました。なお、相続人に対する贈与も、また、相続人以外の者に対する贈与も、贈与の当時、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知って行った場合には、贈与の時期に関係なく、遺留分算定の基礎となる財産に加えることなります(改正民法1044条1項但書)。
- 次に、各遺留分権利者の遺留分侵害額を算定する際には、相続人から受けた生前贈与等の特別受益を遺留分額から控除しますが、この特別受益として控除される贈与については、期限は定められておらず、10年以上前の贈与であっても、控除の対象となります。
遺留分侵害額の具体的な計算例を以下に説明します。 - 具体的な計算例【改正民法】
Aが死亡し、相続人はAの子であるB・Cの2名のみである。Aは遺言によりBに対して全財産を相続させる遺言を行った結果、Bは、時価6000万円の自宅・土地建物と2000万円の現預金、1000万円の債務を相続した。他に遺産はなく、Bは、Aが死亡する5年前に1000万円の贈与を受け、Cは、同じく11年前にAから現金1500万円の贈与を受けていた。
この場合、遺留分算定の基礎となる財産の計算は、- Bが相続によって取得した財産 8000万円
- Bへの5年前の生前贈与分
の合計9000万円から、負債1000万円を控除した、8000万円が遺留分算定の基礎となる財産額である。
なお、Cが受けた1500万円の生前贈与は、相続開始前10年間に行われたものではないので、遺留分算定の基礎となる財産に加算されない。
Cの遺留分割合は、法定相続分1/2×1/2=1/4
8000万円×1/4=2000万円が遺留分額となる。
次に、遺留分侵害額の計算では、上記の遺留分額2000万円から特別受益1500万円を控除することになるので、次男Cが請求できる遺留分侵害額は500万円となる。 - 上記6の事例を現行民法によって計算すると以下のとおりとなる。
- Bが相続によって取得した財産 8000万円
- Bへの5年前の生前贈与分 1000万円
- Cへの11年前の生前贈与分 1500万円
の合計1億0500万円から、負債1000万円を控除した、9500万円が遺留分算定の基礎となる財産額である。
Cの遺留分割合は、法定相続分1/2×1/2=1/4
9500万円×1/4=2375万円が遺留分額となる。
遺留分額2375万円からCへの生前贈与(特別受益)1500万円を控除した金額875万円が、遺留分侵害額となる。 - 現行民法と改正民法とでの計算結果を比較すると、個々の遺留分権利者の遺留分侵害額は、現行民法による計算よりも、改正民法による計算の方が、安くなる(遺留分権利者にとって不利になる)。
改正民法第1042条(遺留分の帰属及びその割合)
1 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次条第一項に規定する遺留分
を算定するための財産の価額に、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ
当該各号に定める割合を乗じた額を受ける。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合
とする。
改正民法第1043条(遺留分を算定するための財産の価額)
1 遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の
全額を控除した額とする。
2 条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。
改正民法第1044条
1 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知
って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様
とする。
2 第九百四条の規定は、前項に規定する贈与の価額について準用する。
3 相続人に対する贈与についての第一項の規定の適用については、同項中「一年」とあるのは「十年」と、「価額」とあるのは「価額(婚姻
若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限
る。)」とする。
改正民法第1046条(遺留分侵害額の請求)
1 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章におい
て同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請
求することができる。
2 遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額
二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において
「遺留分権利者承継債務」という。)の額
【注】遺留分侵害額の算定の際には、相続開始より10年以前の特別
受益は除くというような限定はなく、過去の特別受益も全て、
控除して計算することになる。